2016.03.27
島の話
こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。
甲子園に小豆島高校が出場しました。
大相撲春場所では、小豆島出身の琴勇輝関が活躍しています。
先日、大相撲の観戦に出かけたのですが、隠岐の島、与論島など、島出身の力士もいらっしゃるようです。
小豆島には3回ほど行ったことがありますが、これまで訪ねた島のことをふと思い出してみました。
神島
小豆島
淡路島
礼文島
利尻島
石垣島
竹富島
・・・
それぞれを懐かしく思い出すのですが、より印象深く残っているのは船で入った島のように感じます。神島は、確か鳥羽の港から小さな船で入りました。三島由紀夫の『潮騒』で知られる島で、灯台からの景色と、宿でいただいたヒラメの刺身が絶品だったことをよく覚えています。
小豆島を訪ねた際は、神戸港からのフェリーを利用しました。一度、次男と2人で行ったのですが、接岸するフェリーを間近に見て、その大きさに圧倒されたあの表情が印象に残っています。
沖縄・八重山諸島の竹富島への交通手段は、石垣港からのフェリーです。確か3度ほど訪ねましたが、民宿のおじさんが連れて行ってくれたシュノーケリング、その民宿で星空をボーっと眺めた時間、どこまでも遠浅が続くコンドイビーチ、サイクリングで島を1周したことなど、もう15年以上前のことが昨日のことのように思い出されます。
今、村上春樹さんの『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋)を読んでいます。その中に、かつて村上さんが暮らしたことがあるギリシャの2つの島を訪ねた紀行文がありました。初出はJALカードの機関誌『AGORA 2011年4月号』ですので、JALカードホルダーとして読んだことがあるはずなのですが、まったく覚えていません。
そのうちの1つの島、スペッツェス島の配置について、村上さんはこんなことを書いていらっしゃいます。
「スペッツェスはペロポネソス半島にほとんどくっつくようにしてある小さな島だ。本土までは、がんばれば泳いで渡れるくらいの距離しかない。小さな水上タクシーで簡単に対岸と行き来することができる。日本人ならひとつ橋を架けちゃおうということになりそうだが、ギリシャ人はそんなことはまず考えない。島はいつまでも島のままにしておく。便利か便利でないかはさておき、それがたぶん自然なことなのだ」(P.96-97)
そして、島を離れるときの風景については、こんな風に。
「島をあとにするのは、それがどのような島であっても、なぜかいつも心残りなものだ。それがスペッツェスのような、懐かしく温かい記憶に満ちた島であれば、なおさらだ。・・(中略)・・
町がだんだん小さくなり、山並みがただのうっすらした遠い輪郭へと変わっていく。やがて島そのものが、水面に浮かぶ不定形の靄(もや)の中に静かに呑み込まれていく。いくら目を凝らしても、あとにはもう水平線しか見えない。そんな島がそこに実体として存在したことさえ、定かではなくなってしまう。そこで暮らし続ける人々の姿も、そこにあった緑の松林や古い造船所も、愛想の良い海辺の魚介料理店や、改装なった豪華ホテルも、舌を出して船を見送る港の犬も、今ではみんな現実のものとも思えなくなってくる」(P.110-111)
こんなことを書いていたら、また島に行きたくなってきました。もちろん、交通手段は船で。どこか、思い立ったまま船でふらっと行けるような島、探してみたいと思います。