2016.03.06

復旧から復興へ

こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。

 今月に入り、日本経済新聞の「私の履歴書」は、アイリスオーヤマ大山健太郎社長の連載です。

 かつてNHKの『プロフェッショナル』でも拝見したことがありました。一同を集めて1日がかり(だったと思います)で行なう会議のことが印象に残っています。今回の連載もどんな内容か楽しみにしていましたが、毎日毎日、真っ直ぐ飛びこんでくる言葉に、「はー」「ひえー」「ほー」と、は行の言葉しか出なくなっています。

 東日本大震災から5年。その時期でもありますし、そもそも震災が起こったからでもあるのでしょうが、昨日の5回目まで、ご自身の個人的なことは一切書かれていません。「私の履歴書」の定番は、初日に1か月の連載に向けての思いを語られた後、2日目は生い立ちにさかのぼる、というもの。ほぼ99%、このパターンだと思います。

 でも、大山社長は、2回目から5回目を震災と震災時の対応、その後の復興の話題に使われました。経営者として非常時に果たすべき役割、非常時こそ企業の理念が社員の体に入っているかどうかが問われること、そしてきちんと動いてくれた社員への誇り・・

 そんな中、仙台経済同友会の代表幹事として活動されたときのことを、こう語っておられます(3月4日)。

「「復旧は速やかに、復興は時間をかけて」が私の考えだ。仙台平野は津波で多くの住宅や農地を失ったが、仙台東部道路が防潮堤となり被害を食い止めた。この教訓を生かし、海岸線から1キロメートルに盛土方式の道路を作り産業用道路とし、海側は自然公園やスポーツ施設を作ればいい。100年しか強度が持たないコンクリートの防潮堤を建設し海岸線の景観を潰すよりも、陸側に逃げ道を作ってこそ、復興予算が国土作りに生きる―。そんな経営者としての発想は理解されなかった」。

 さらに、こんなことも。

「私たちは地域をよりよくする「復興」を目指し要望を伝える。しかし政府は「元通りにすることにしか予算は使えない」という。これでは復興ではなく「復旧」だ。2年目の提言には「復興庁が復興への司令塔という本来の役割を果たしているとは言い難い」と記さざるをえなかった」。

 なるほど、と思いますが、私がすごいなあと思ったのは、この直後の文章です。

「並行して私は震災直後から地元の経営者たちにもさまざまな働きかけを始めた。(以下、略)」

 つまり、国がすべきことや県・市がすべきことは要求する。でも、それは要求であって、頼りきる、ということではない。経営者としてできることは、自らが動いて実践していく。その姿勢こそ、苦労してここまで会社を率いてこられた大山社長の伝えたい背中なのではないかと思います。

 いろんな場面で責任を逃れたり、なすりつけたり、言い訳したりというシーンを目にします。でも、そんな暇があったら、一歩でも二歩でも、前に歩みだせばいい。自戒の意味も込めて、そう思います。

 おそらく今日から生い立ちをさかのぼる記述になると思われる「私の履歴書」。どんなことを語られるのか、今日も楽しみです。



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