2022.12.11

もう1つの時間

こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。

 朝、早く起きてブログを書く。文章を書きながら、今、家族は何をしているだろう、とは想像しません。隣の部屋で、階下で、寝ていることは明らか。ときどき寝息も聞こえてきて、想像するまでもないのです。いや、ときどき、「生きているだろうか」と思うくらいに起きてこないことはある。あまり書くと怒られるので、これくらいにしておきますが。

 朝、早く起きて山に登る。登りながら、今、家族は何をしているだろう、とは想像します。今日がそうでした。先月の比叡山(京都~滋賀縦走)に続いて、今日は愛宕山(京都・清滝~清滝の周遊ルート)。高い山も低い山も、知っている山も知らない山も。山の基本は、早く家を出て、早く帰ってくること。午前中で完結する手頃な登山が、京都や滋賀の里山の魅力です。

 帰宅して、録画していたNHKの『ワイルドライフ』を見ました。毎週録画している2つの番組の1つです。先週のテーマは、「アラスカ悠久の自然 星野道夫が見たトナカイ大集結」。写真家の星野さんは、ある1枚の写真を見て、アラスカの極地に人の営みがあることに感銘を受けたそうです。そして、あてもなくその村に手紙を書いた。そうしたら半年後に返事が来て、実際に3か月の現地生活をすることに。

 アラスカと縁ができた星野さんは、以後、写真家としてヒグマやカリブー(野生のトナカイ)を追いかけます。自分が暖を取り、越してきた冬の時間。彼ら動物も、彼らなりの時間を過ごしてきたはず。自分が人間として営む時間とは別に、もう1つの時間がそこに流れている。その時間を残すこと、意識することは、人間にとって極めて重要な意味を持つのではないか。星野さんは1996年、ヒグマに襲われて命を落としました。それでも、今なお、今だからこそ、星野さんの問いかけが重く響いてきます。

「カリブーであれツンドラの木の実であれ、人はその土地に深く関わるほど、そこに生きる他者の生命を、自分自身の中にとり込みたくなるのだろう。そうすることで、よりその土地に属してゆくような気がするのだろう。その行為を止めた時、人の心はその自然から離れてゆく」(『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』スイッチパブリッシング、P.37)。

 人間だけでなく、動物も、植物も。今、この時間、誰かが、何かが、他者が、どこかで別の時間を過ごしています。

 今、誰かは何をしているだろう。想像すると、自分も頑張れる。ただ、想像しすぎると、自分は休めなくなる。世界中、一斉に夜になることはあり得ませんから。そういうときは、「自分が頑張っているとき、他人も頑張ってくれるわけではない」と発想を変えるようにしています。そう考えれば、他人の頑張りに遠慮する必要はなくなるでしょう。

 もう1つの時間は、人間よりも動物や植物や大自然の営みを想像したほうがいいのかもしれません。番組の中で星野さんは、「悠久の大地」という表現をしていました。そう考えると、山に登る時間は、悠久の大地を垣間見ることができる貴重な時間です。幾重にも連なる山の風景に触れるだけで、はあっとため息が出る。悪い意味ではなく、心の中に積もった塵や埃を吐き出すため息です。そうすると、家に帰りたくなる効果が抜群。下山はほぼ駆け足です。


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