2022.06.19
中高生時代を思い出す
こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。
中高生時代のことを、おそらく、他人の10分の1くらいしか覚えていないと思います。中学校時代など、同じ卓球部で活動していたはずのメンバーを誰1人として思い出せません。小学校終了後に引っ越したので、知り合いが1人もいない状態からスタート。名前と顔を思い出せるのは、なぜかウマが合った不良の2人と、2年生(これも怪しい)のときに同じクラスだった1人だけ。
そんな状態だからか、中学生の次男の生活や友人関係に深く立ち入ることもありません。高校、大学、社会人と進むにつれて、薄まっていく刹那的な時間、という冷めた視線がどうしても抜けない。
とはいえ、もちろん、今の生活がいちばん大事。さらに高校受験を迎えた今年、いろんな学校説明会やオープンキャンパスが続いています。昨日、とある高校のオープンキャンパスに一緒に行ってきました。日曜日のランニングコース上にあり、城のようにそびえ立つ校舎にいつも圧倒されています。
少子化の時代、学校をあげての行事なのでしょうか。いたるところに在校生がいて、「こんにちは」と挨拶してくれます。いたるところにいてくれないと迷子になりそうなくらいに、広い。オープンキャンパスで学校内に入れる機会など、親にとっては1度しかありません。子どもの進路や関心などお構いなしで、広い構内を隅から隅まで見て回りました。
30分の体験授業は、英語+SDGs、という組み合わせ。英語での議論の進め方を、SDGsに関連する題材で進めていく。そんな体験でした。40年の月日の流れを感じます。当時など、ごく普通に、国数英社理+αの科目を勉強していただけでした。英語も読み書きが中心で、話す授業などほとんどなかったように思います。まして、SDGsなど当然ない。聞けば、SDGsは高校2年生からの選択科目なのだとか。
今どきの子どもたち、いったいどれだけのことを学ばなければならないのだろう。中学生になるときに引っ越してきた新しい町には、近くに「どぶ川」の愛称を持つ、ヘドロの塊のような川が流れていました。いや、流れていません。そんな川も今はきれいになったようで、遊歩道が整備されています。
格段に清潔になり、不浄、不要、非効率なものは排除されてきた40年。でも、中学校時代から今も実家が残るその町での生活で、断片的にも思い出すのは、恥ずかしかったり、とても人には言えなかったり、そんな記憶ばかりです。
コラムニストが書いた小説を読みました。「本当のことを書く」という縛りを解除した、と序文で宣言。「主語の使い方と視点の置き方に幅を与え、時間の経過と人々の関係を、物語の流れに沿って再構成するつもりでいるということだ。「なんだ、小説じゃないか」と思った人はそう考えてもかまわない。年月を経た記憶は、そもそもフィクショナルなものだ」(『東京四次元紀行』イースト・プレス、小田嶋隆さん、序文より)。
この本を読み終えた日に訪ねた高校のオープンキャンパス。自身の中高生時代を思い出し、つまり、少し苦い記憶が湧き上がってきた翌日、あまりに広い構内を歩き過ぎたのか、足に筋肉痛が残る朝を迎えています。