2016.03.30
東北旅行①
おはようございます。
先日の平成28年3月11日で東日本大震災から5年が経ちました。
あの日、私は当時淡路町のビル2階にあったエアーズ事務所で所得税確定申告の詰め作業を行っており、地震が起きた時は、船に揺られてるような感じのゆっくりとした、しかし長い間、気持ち悪い揺れを感じたのを覚えています。
自分だけが揺れているのか?と思うとそうでなく、事務所のみんなも揺れたよね、と話をしながら、しばらくするとネットニュースで地震の一報が流れ出し、これは大きな地震なんだ、と思い始めた頃、翌日からは新聞やテレビで壊滅的な映像とともに大震災の被害が報じられ、えらいことが起きたと、とても怖くなったことを鮮明に思い出します。
ただ、大阪での被害はほとんどなく、テレビなどで報じられている大被害は、本当に日本での話なのか、と信じられないというか信じたくない思いでいっぱいでした。
何かできないかと考えても、個人的にボランティアに行くなどといった勇気もなく、気持ち程度の寄付をするといった本当に微力なことしかできず、批判を恐れず言ってしまうと、心から復興を望んではいたものの、自分に何ができるかという気持ちも段々と薄れていった、というのが本当の気持ちでした。
そんな日常を送っていた昨年の夏、某地方公務員である兄が家族と一緒に帰阪し、私も実家に帰って姪っ子や甥っ子と遊びながら話をしていた時、兄の勤める県では、数カ月単位で県庁職員を福島県へ派遣し復興支援に従事する業務を行っており、それに立候補し、10月から単身赴任で行く、という話を聞きました。
良かったら行っている3ヶ月の間に遊びにおいでよ、という兄の言葉に、そうやなぁ~~、行けたら行くわ~~、とあまり気乗りしない返答をして、その後、兄からは福島県来たよ、楽しくやっているよ、とメールをもらい、本当に福島県へ行ったんやなぁと少ししみじみしました。
その後、私の中で意識が変わり、やっぱりお兄ちゃんが行っている間に東北へ行っておこう、なかなかこんな機会はないし話も色々聞いておこう、今の被災地をこの目で見ておこう、と兄にメールを送ったのち、しばらくたってから返信がきて、兄は現地で職場の皆さんや地元の方々に大歓迎されており、平日は夜な夜な地酒で飲み会らしく、休日には見どころを色々案内してもらってる、と毎日が忙しいらしく、ただ、私が行きたいんやけど、と伝えた日は空けて俺が案内するよ、と喜んでくれたので、目前に迫っていた秋の連休に行く計画を立て、飛行機もその勢いでとってしまい、初めての福島県・宮城県へ向けて飛び立ったのでした。続く
米田 彩