2008.12.15
神戸ルミナリエ
こんばんわ。
時刻は既に午前1時をまわり月曜日となってしまいました。
土曜日に久しぶりに子供と一緒にあちこち行きましたので書いてみます。
土日と嫁が看護師友達と泊まりがけでUSJに行っていた関係上、子供と一緒に週末を過ごしておりました。土曜日は子供(大宙2歳)と海遊館へ行くことにしましたが、私の両親も一緒に行くことになり、そのうち姉の子供2人も一緒に行くことになり、気がつけば大人3人子供3人の大所帯となってしまいました。
午後3時過ぎに海遊館に着き、5時半ごろまで中をウロウロし、子供を抱っこしながらはつらかったもののうれしそうに魚を見ている姿に心を癒されました。その後、観覧車に乗って大阪の夜景を堪能しました。みんな普段は滋賀県どっぷりですので、夜景に大変感動してました。
と、ここまでは夢のようなすばらしい一日だったのですが、ここで欲が出てしまい、ついでに神戸ルミナリエを見ようということになりました。私以外は全員見たことがなく、ぜひ見てみたいということで車を飛ばして神戸に向かいました。JR三宮駅と元町駅の間にうまく駐車場が見つけられ、思っていたよりも短時間で車を駐車でき喜んでいたのもつかの間、そこからが地獄の始まりでした。
そう、ルミナリエまで長蛇の列。しかも、警察がビッシリ警備していて、かなり迂回させられました。列の最後尾から今か今かとルミナリエを待ち続け、正月の参拝客のように渋滞している状況で子供を抱っこし続けて1時間以上たったころ、悪夢のような手書きの表示が見えました。
『ルミナリエまで60分』
な、な、なに〜〜!
すでに水分補給、食糧補給、トイレ等々、いろんな意味で限界が近付いていた私たちに突然悪夢のような表示が出てきました。
子供3人の年齢構成は、8歳、3歳、2歳。3歳と2歳はすでに意識朦朧で寝始めていました。8歳の姉の子は自分の足で歩いていましたが、『おっちゃん、あと何分?』を私に連呼し、『あと10分や』と回答し続けていた私にはあまりにも厳しい宣告でした。
『きっと、うそや。もう前に見えてる』とみんなを励ましたものの、60歳を超える私の両親ももう限界でした。列の最後尾にあと何分と書いててくれれば、最初から諦めたのに・・・
そこから本当に60分かかって、ようやくルミナリエのきれいな電燈の下まで来ましたが、子供の2人はすでにおやすみZZZであり、大人3人と8歳の子だけが見ることができました。
それも、光のトンネルを通過している途中で22時を迎え、無情にも光は一瞬にして真っ暗になってしまいました。
あーむごい・・・
2時間半ほど子供を抱っこして並んで、最後まで見れないとは。しかも、何のアナウンスもなく突然消えるなんて。
明らかに、客を温かく迎え入れようという気持ちに欠けるルミナリエの対応に呆れました。そのくせ、来年も継続するための募金だけはしっかり集めようと人をいっぱい配置している。昔来たときのルミナリエとは大きく印象が変わってしまいました。こんなんなら、やらない方がマシだ!!!
当初ルミナリエまであと何分という表示がないこと、列に並んでる途中で飲料や食料を買ったりトイレに行くことが一切許されていないこと、ベンチも一切用意されていないこと、これに耐えられない人は帰ってくれという姿勢、10時消灯するというアナウンスがないこと、など。そして、私たちの後ろに並んでいた人たちは、ひょっとしてルミナリエさえ見られなかったのではないかと思うと、何てひどいイベントだろうと思いました。
仕事もイベントも同じですが、お客さんをもてなす気がないなら、やらない方がマシです。
私の親父は、身長162センチ、体重110キロと実写版ドラえもんのような人ですが、帰りの車で警察のパトカーが横を通り、シートベルトをしてなかった親父に『パトカーやで!!』と母親が声をかけた時に、食べていたコンビニのパスタをあわてて隠したのがせめてもの救いでした。
普通、シートベルトを締めるでしょ?なぜ、食べてたものを隠す?普段、母親に食べすぎだと注意されている癖が出たようです。
久しぶりに腹の底から笑った瞬間でした。
2歳と3歳の子供をルミナリエも見ずに寝たまんまでしたが・・・大きくなったら苦労話でもしたいと思います。