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船戸明の公会計改革「待ってくれ!」

地方交付税の前身

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こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。

 今月の日本経済新聞『私の履歴書』は、元内閣官房副長官の石原信雄さん。

 7日の金曜日、地方交付税の前身となる制度について、誕生当時の話が紹介されていましたので、備忘記録としてメモしておきます。

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2019/6/7
日本経済新聞、石原信雄

私は自治庁財政課で見習いの続きをすることになった。財政課長は奥野誠亮、柴田護先輩で、ともに戦後の地方税財政制度を築いた立役者である。その2人から薫陶を受け、私は地方財政の道を歩むことになる。

地方財政は理想の制度と、現実の財源確保のせめぎ合いの歴史である。少し小難しい話になるが、私の役人人生にとって大事なところなので、お付き合い願いたい。

奥野課長は理想主義的な方で、地方の財源は国が責任を持って保障すべきだと考えた。それを具体的な形にしたのが、地方財政平衡交付金という制度だ。毎年、地方が必要とする額を客観的なデータをもとに国が計算し、地方税収や地方債など自前の財源では足りない分を国が交付金として出す。地方交付税の前身になる制度である。

この制度は交付金で不足分をすべて補うことを理想としている。しかし現実は交付金は不安定かつ不十分だった。毎年、総額をいくらにするか、自治庁と大蔵省がもめ、先を見通せない不安を抱えていた。ようやく決まった総額も十分ではなかった。

そこで後任の柴田課長はまず交付金総額の決め方を変え、国税の一定割合を自動的に交付金に充てることにした。これが地方交付税制度で、毎年度の交付金総額は国税収入とリンクして安定する。一定の地方財源を確実にすることを優先した現実的な判断だ。私はこの地方交付税制度の創設で内閣法制局や自治庁長官の決裁をもらう役割を担当した。

交付金は、先々まで見通せるようになったが、不十分な状態は続いた。スタート時の国税の一定割合、いわゆる交付税率は20%。インフレ抑制のため歳出削減した49年のドッジ・ラインで、地方への交付金が半分に削られた後遺症を引きずっていた。自治庁は不満で、交付税率をどう引き上げるかが、その後の私のライフワークになった。

財政課の見習いは、こうした制度作りに携わる一方、交付金を自治体にいくら配るか計算する作業も大きな仕事だった。タイガー計算器という手回しの計算器を使って連日残業しながら手計算していた。今思えば、非人道的ともいえる作業だ。
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