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船戸明の公会計改革「待ってくれ!」

制服と教育

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こんにちは、大阪発公会計ブログ担当の船戸明(公認会計士)です。

 アルマーニ制服が話題になっています。

 全部そろえると8万円を超える。そうした負担の大きさから端を発したのかもしれませんが、東京都中央区立泰明小学校の校長先生の保護者にあてた文章(全文はこちら)を読んで、少々気分が悪くなりました。

 もっとも気持ち悪く感じたのは、こちら。

「教育は内面を育てる営みがほとんどです。ですから、私どもも懸命に児童の内面を鑑み、自覚をもたせ、「泰明の子らしく」を金科玉条の如くは大げさかもしれませんが、でも、泰明小学校の児童はかくあるべきだと思い指導いたしております」。
 
 
 先日、ツイッターで、東京で大雪が予想された前日、ある上司が部下にあてたメールの全文が流れていました。

 明日は大雪が予想されています。
 今日、僕は会社近くのホテルに泊まります。
 社会人として、雪だから遅れました、なんて言いませんよね。
 繰り返しますが、僕は今日、ホテルに泊まります。

 そんな内容の文書で、引用した方も「吐き気がする」と書いていましたが、私も同感です。「き・も・ち・わ・る」と。その文書(真偽不明ですけど)の気持ち悪さに匹敵するものを、校長先生の文章に感じました。
 
 
 それはさておき、先の校長先生の考え方について、弁護士の山下敏雅さんは言います。

「教育基本法や学校教育法でも、教育は、個人の価値の尊重や、自主・自律の精神を養うことなどのためのものだと書かれています。…(中略)…泰明小の文書で説かれている内容は、この判決(注:「旭川学力テスト事件」最高裁判決(1976年))と対極の考えになっています。子どもたちを一人ひとり個人として尊重するのではなく、「この小学校のあるべき姿」のほうに子ども達を合わせようとしている。ここが一番の問題だと思います」。

 なぜ問題か。

「「○○の生徒だから」という所属や属性の論理で、その枠に子どもたちを合わせようとするのは、体罰と形は違えども、教育ではなく「支配」です。一人の人間として、社会の一員として、自分の頭で考えて育っていくことにつながりません」。

(山下弁護士の記事全文はこちら
 
 
 さらに山下弁護士は、さらに広い問題提起をしています。

「今回は「アルマーニ」のものだからという理由で標準服が問われていますが、そもそも制服自体必要なのでしょうか」。

 確かに、と思う一方、私は少し迷っています。内田樹先生は『武道的思考』(ちくま選書)の中で、「制服や校則を嫌う少年少女たちが、同じような着崩し方をし、同じような髪型をし、同じような口調で話す」という指摘をされています。

 つまり、制服という「型」を破っているつもりが、「個性的な中学生」という「別の定型」に自発的に従っている、と。
 
 
 懐かしく思い出すのは、詰襟制服の「裏ボタン」を花札模様にしたりして、ちょっとした「逸脱」(のつもり)を楽しんでいたこと。今はブレザーが主流でしょうから、裏ボタンなんて「は?」と言われそうですけど。

 ともかく、まだ論理的思考や意思表示手段の備わっていない小学校1年生に、しかも年々体も成長する小学校1年生に、高価な制服を着せるのは大人のエゴでしかないでしょう。

 圧倒的な力関係の中では、弱い者の側に立つ。それが大人の役割なのではないかと、私は思います。

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